農薬中毒部会
1.統括責任者:伊澤 敏・佐久総合病院臨床顧問
2.研究期間 平成17年5月〜
3.研究協力施設
承諾を得た全国の厚生連病院、救急救命センターから農薬中毒の症例について報告を受ける。
4.研究目的
農薬は使用量が減少しているとはいえ、なお全国の農業現場でさかんに用いられている。しかし農薬中毒の全国レベルの実態はわかっていない。
そこで、全国の厚生連病院その他に依頼し、農薬中毒の実態を明らかにし、全国の農薬中毒に関する基本資料(データベース)造りを目的とする。
5.石灰硫黄合剤による皮膚障害の防止を求めるパンフレットの作成
石灰硫黄合剤による化学熱傷は、ちょっとした不注意で重症となることがあり、症例報告が後を絶ちません。
本部会として、障害の防止を求めてパンフレットを作成しましたので、ご活用ください。
6.令和3年度研究概要
(1)農薬中毒臨床例調査
国内の農薬中毒の実態を把握するための手段として、レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)からの抽出を厚生労働省宛に令和2年7月に依頼している。依頼は令和2年9月に受理されており、その後担当者とも連絡を取っているが、データが未着のため調査を進めることができていない。
(2)農薬の人体および生態系への影響に関する文献検索および調査・研究
河川や湾内の海水中に含まれるネオニコチノイドについての文献を検索。秋田、長野、神奈川、岐阜、大阪、島根の一部地域でそれぞれ独立に行われた調査の結果、いずれの地域でもネオニコチノイドが検出されていた。また空中散布が行われた地域の3~6歳の幼児の尿中からADI(Acceptable daily intake)より低値ではあるもののネオニコチノイドが検出されていた。
(3)農薬の使用制限に関する調査および生態系への影響に関する意見交換
農薬(ネオニコチノイド系殺虫剤)を推奨薬剤や無人ヘリ防除の薬剤から除外する試みを継続的に実施している新潟県佐渡地域を視察した。活動が継続し、トキを頂点とする生物多様性が戻ってきた背景には、先駆的に環境保全の活動をしていた小規模グループが方向を示していたこと、JA佐渡と佐渡市が後押しする体制を作り、農家、JA佐渡、佐渡市の3者が一丸となって活動を進めたことが挙げられる。また、多くの専門家の介入もあった。
(4)農薬暴露による健康被害の調査
農家への聞き取り調査を計画したが、新型コロナウイルス感染症感染拡大の影響を受け実施できなかった。
(5)農薬被害防止に関する啓発
農機具災害部会と連携して作成した教育資材(厚生労働省事業)について、長野県農政部やJA長野中央会に伺い農家への啓発を依頼した。また、一部資材は長野県農業大学校の講義や県内外の農業者を対象とした研修で活用した。
7.令和4年度計画
(1)事業方針
農薬は本質的に生物毒性を有する化合物群であり、農業・衛生などの目的のため、農場・家屋内などで開放的に使用されており、農薬中毒、環境汚染などを引き起こしてきた。また、自殺企図で服用される事例も後を絶たない。
本研究では農薬中毒の臨床例調査を通じて農薬中毒の防止に役立つ知見を収集し、また農薬の生態系や人体への影響に関する文献調査および環境調査を行うことによって農薬使用のリスク低減に向けた活動につなげる。
(2)調査研究項目と研究内容
- 農薬中毒臨床例調査
農薬中毒の現状を把握する目的で、厚生労働省のレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)から国内における農薬中毒臨床例の抽出作業を依頼中。データの有用性が確認できた場合さらなる調査を計画する。 - 農薬の人体および生態系への影響に関する文献の検索および調査・研究
国内外の文献を渉猟し、ネオニコチノイド系農薬、除草剤グリホサートを中心に、人体および生態系への影響についての文献を検索・レビューする。レビューを基に当部会の研究・調査計画を立案する。 - 農薬の使用制限に関する調査および生態系への影響に関する意見交換
農薬(特にネオニコチノイド)の使用制限を開始している農家やJAなどの視察を通じて、使用制限の影響を調査する。また、農薬の生態系への影響について、研究者との意見交換を通じて農薬中毒部会としての調査・研究の方向を決定する。 - 農薬曝露による健康被害防止に向けた啓発資料の検討
農機具災害部会と連携して農家や農業団体等で活用できる資料開発(農作業安全教本等)に向けて、部会内で意見交換を行う。
(3)研究成果の発表等
日本農村医学会における発表、日本農村医学会雑誌への投稿を予定。
(4)令和4年度 経費見込額 概算100万円
8.今後の活動方針
農薬は雑草対策および病害虫防除にその生物毒性を利用して使用される合成化学物質である。その性質上人体及び環境への有害な影響は避けられない。例えば1990年代に開発された浸透移行性を有する殺虫剤(ネオニコチノイドなど)は、従来の有機リン剤やピレスロイド剤に比べて人体への直接的な有害作用が少ないとされていたが、近年生態系への有害な影響が報告されるようになり、また人間の神経系に対する有害な作用を示唆する報告も見られるようになった。
このように、農薬は人体および環境への有害な作用を有するが、一方でその使用を止めることができない現実もある。こうした現実がある以上、その使用に伴うリスクの低減が次善の課題となり、この課題への取り組みは継続されなければならない。
農薬中毒部会では、JAグループ等の農業団体などと協働しながら農薬の使用に伴う問題の現状把握と現状把握に基づいたリスク低減策を立案・提言し、農業作業安全、環境保全の部面で社会貢献を果たして行きたい。